歴史
History
1600年後半(元禄期)
Genroku Period
福生とともに歩む田村家
田村家は武蔵国多摩郡福生村(現:福生市)に代を重ねてきました。一番古い文書で1600年後半に先祖「半十郎 豊真」の名が見られ、福生村を切り開いた旧家の一軒であったと思われます。
歴代の当主は半十郎・十兵衛あるいは文左衛門という通称で呼ばれていました。江戸時代の福生村は天領(江戸幕府の直轄領)で、田村家は村の政治一般を司る名主などの村役を勤めて参りました。
当家の屋敷内に流れる田村分水は隣接する玉川上水より取水し、地域の生活用水や水田・畑を潤す灌漑用水として使われていました。
1903(明治36)年〜
Meiji Period
近代の酒造り
1903(明治36)年、社会の変化に伴う酒税政策や税法の整備に伴い、江戸時代より続いた「店内関係」は役割を終えました。創業以来、幕末に至るまで損失の年が無かったという記録があり、堅実な経営スタイルであったことが偲ばれます。
1973(昭和48)年〜
Showa Period
まぼろしの酒
時代は流れて、1973(昭和48)年頃のこと。先代の15代目「田村半十郎」が田村酒造場の代表作となる「まぼろしの酒 嘉泉」を産み出しました。本来は特級酒となる高精白の本醸造を二級酒として販売することは画期的なことでした。生活に寄り添う価格ながら、酒質に優れ、今もなお続くベストセラーになっています。
2008(平成20)年〜
Heisei Period
十六代目襲名
2008(平成20)年に現当主の16代目「田村半十郎」が襲名し、2022(令和4)年に創業200周年を迎えました。
代々育んできた思想を受け継ぎ、全銘柄の酒質向上に取り組む一方、当家の気風である「進取の精神」にならった田村酒造場らしい酒造りを追求しています。
時代をとらえた酒造り
手間暇を厭わぬ瓶燗火入れを採用し、当家の家印を冠した「かねじゅう 田むら」や、“MADE IN TOKYO”を掲げた「東京和醸」、お燗酒の復活の願いを込めた「純米酒 白麹使用」などの新商品の提案を行っています。
田村家と俳句
Special Column
江戸時代後期の多摩地域には在村俳人といわれる人々が多くなり、名のある俳人との交流も盛んでした。田村家もまた俳句と縁が深くありました。 創業者の「勘次郎(賢真)」は「幽夢」を号し、俳句の道にも励みました。また、11代目「十兵衛(のち勘次郎)豊昌」は幕末から明治に移りゆく激動の世でありながら家業経営を発展・向上する一方で、多摩を代表する俳人として活動し、「福泉舎友甫」と号しました。以下は「福泉舎友甫」が還暦の時に詠んだ句です。